6.5 進化に興味を持つ人たちへの四つのアドバイス
https://gyazo.com/68191fb0ef6228bb11f91bad178bccdb
https://amzn.to/2IXdFFN
ジェフリー・ミラー(Geoffrey Miller)
主な関心は、ヒトの知性の進化、性淘汰がいかにヒトの行動に影響を与えるか、進化心理学の観点からの消費行動の理解、そして遺伝と臨床研究など
彼の配偶者選択と性淘汰理論では、ヒトの知能と心理の進化は自然淘汰ではなく性淘汰によって駆動されていると考え、ヒトの最も魅力的な心理機能や知能は性的相手を引きつけ、喜ばせるために進化してきたという
著書の"The Mating Mind(恋人選びの心)"では、ヒトの心理の進化の多くの面から、配偶者選択における性淘汰の重要な役割、特に「自己表現」の性質を持つ人間行動(例えば、芸術、道徳、言語、創造力など)に対する促進について議論している
その後、グレン・ジェアーと"Mating Intelligence"を共著した
性淘汰理論の研究では、性淘汰はヒトの認知、美学、道徳の発達を促進させる(Miller & Todd, 1998; Miller, 2001; Miller, 2007)ことや、一夫一妻制における性淘汰はヒトの知性を向上させる(Hooper & Miller, 2008)ことを示した
ヒトの心理の進化について、性淘汰以外にも、運動知覚や学習メカニズム、ヒトの言語、文化、知性、意識、認知などの進化的起源(Todd & Miller, 1997; Husbands, Harvey, Cliff, & Miller, 1997)などについて多大な貢献をしている
男性の精子の質と知性が正相関する(Pierce, Miller, Arden, & Gottfredson, 2009; Arden, Gottefredson, Miller, & Pierce, in press)
適応度要因が個人の知性に影響する(Arden & Miller, in press)
高い知性を持つ個人の身体的対称性がよい(Prokosch & Miller, 2005)
社会的地位、個人特性、性別が個人の言語的ユーモア効果に影響を与える(Greengross & Miller, 2008)
女性の妊娠可能性が高い時は、創造的な男性への短期的選好が高まる(Haselton & Miller, 2006)
ちなみに"Evolution & Human Behavior"誌に発表した論文'Ovulatory cycle effects on tip earnings by lab-dancers: Economic evidence for human estrus?'(Miller, Tybur, & Jordan, 2007)は2008年のイグノーベル賞を受賞した
また、彼はマーケティングにおいて、ヒトの遺伝的特性を利用した商品のマーケティングにも興味を持っている
200万年来の小規模コミュニティでの暮らしがもたらしたヒトの一連の遺伝的特性は、現代人の消費行動に影響を与えている
昔の社会では、社会的地位の高低は、子孫を残せるかどうかにとってきわめて重要であった
そして現代では、マーケティング戦略を通して、人々(特に若者)に、消費行動を通して自分と他人の社会的地位を判断するように仕向けることができる(Griskevicius, Tybur, Sundie, Cialdini, Miller, & Kenrick, 2007)
だからこそ現代のマーケティング担当者は「贅沢品の消費が富、地位、品位を象徴すると信じている」が、彼らはヒトの本質において最も重要な要素(親しみやすさ、知恵、創造性など)を見落としている
これら見落とされている要因が、現代の商品マーケットの発達を制限している
ミラーは著書"Spent"において、ヒトの遺伝的特性の消費行動における進化とその現れについて詳細に説明し、今後のマーケティング研究に重要な方向を示した
他には遺伝と臨床研究においての貢献もある
自閉症児は両親から適応度を低める特性を継承している(Shaner, Miller, & MIntz, 2008)
統合失調症患者は適応度理論における極端な事例としてみなすことができる(Shaner, Miller, & MIntz, 2004)
統合失調型は、個人の創造性の表れの一つとしてみなすことができる(Miller & Tal, 2007)
心身障害は総合的な適応度や進化遺伝モデルの視点から説明できる(Keller & Miller, 2006a; Keller & Miller, 2006b)
本文
最初は認知心理学を学ぶつもりだっったが、あまりに退屈な空理空論に思えてきた
幸運なことに、コスミデスとトゥービーがポスドクとして、私の指導教員だったシェパードのところで働いていた
バス、デイリー、ウィルソン、それにギゲレンツァーが1989~90年にスタンフォードを訪れたのだが、それらの面々とともに、コスミデスとトゥービーは私に、ヒトの本性に関する研究への進化理論の適用可能性を紹介してくれた
その後、スタンフォードの友人ピーター・トッドが、私と同じくこの進化心理学という新領域に加わりたがっているとわかったのだが、実際に何を研究すればよいのか、私たちはよくわかっていなかった
2人とも遺伝的アルゴリズムを習得していたので、それを応用して、いくつかの簡単な作業課題を学習するための神経ネットワークを設計してみた
進化と学習が相互作用して適応的な行動を創出するさまを例証したいと思った
この研究のおかげでサセックス大学でポスドクの職につき、人工生命と進化ロボット工学について研究した
スタンフォードで、私は配偶者選択を通した性淘汰にも関心を持った
性淘汰は強力であるにもかかわらず日のあたっていない理論で、体や脳の性差を説明するにとどまらず、鳥の歌やヒトの言語といった派手な知的能力の迅速な進化も説明できるように思えた
1993年の博士論文で示唆したのだが、配偶者選択はヒトの脳の進化、特に生存をめぐる自然淘汰では説明が困難な形質(芸術、音楽、ユーモア、創造性、言語など)の起源に関して重要な役割を果たしたはず
この考えは、2000年の"The Mating Mind"やそれ以降の私の研究の大半の基礎になっている
2001年にニューメキシコ大学に赴任
進化心理学、生物学、人類学研究の中心地
スティーヴ・ギャンゲスタッド、ランディ・ソーンヒル、ヒリー・カプラン、ジェーン・ランカスターといった同僚
どうすれば”The Mating Mind"で述べたいくつものアイディアを検証できるか一心に考えるようになり、そして自分はもっと個人差について、知能、パーソナリティ、精神病理、行動遺伝学といった観点から勉強しなければならないと気づいた
ここ数年は、進化心理学と個人差に関する研究を統合するために、多くの時間を費やしている
そんなわけで、私の研究の大半はヒトの性的指向、配偶者選択、対人認知、個人差、進化遺伝学、精神病理学に関するもの
とりわけ力を注いでいるのが、ヒトの心の特性を、性淘汰や社会的な淘汰の中で現れた適応度指標(表に現れない表現型形質や遺伝的な質を示す、コストを伴う正直なシグナル)とみなして分析すること
この分析はさらに、適応度指標理論を臨床心理学の諸問題に応用することにつながり、統合失調症やうつ病、人格障害、性機能不全などについて、進化遺伝学、症状の表現型、人口動態といった観点から理解することを目指してきた
排卵周期が女性の配偶者選択と性的魅力に与える影響の研究(この中の一つが悪名高き、ラップダンサーの研究(Miller, Tybur, & Jordan, 2007))もまた、こうした流れの中で行われた
1990年代後半にロンドン大学ユニバーシティカレッジの経済学部で働いていたとき、私は経済学的意思決定と消費者行動にも興味を持った
マーケティングや広告、プロダクトデザインの世界は現代人の文化の中核のように思え、進化心理学は消費主義にもっと注目すべきだと考えた
このことが"Spent(消費資本主義!)"の上梓、および進化消費者心理学についてのいくつかの研究につながり、進化消費者心理学は今では私の主要研究テーマの一つ
私の今後の研究計画は、最近オーストラリア・ブリスベンのニック・マーティンの遺伝的疫学研究グループでサバティカルを過ごしたことに大きく影響された
そこは世界有数の双生児サンプルを保有しており、多変量行動遺伝学(ヒトが持つ複数の形質間の遺伝相関に関する研究)とゲノムワイド関連解析(形質に影響する遺伝子を特定する試み)の双方で卓越した研究を行っている
進化心理学者は進化遺伝学の理論や行動遺伝学の研究手法、(種間)比較ゲノム解析についてもっと学ばなければならないと思う
そうすれば、先史時代に起こった進化に関する自分たちの理論を、ヒトの本性の実体である遺伝子に結びつけることができる
今後の研究フロンティアと進化心理学における挑戦
進化心理学の発展は一様ではなかった
ヒトの配偶行動や育児、血縁関係、集団生活、身分や地位、攻撃性の研究に対しては大きな影響を、また心理の発達や精神疾患、パーソナリティ、言語、知能、感情、意思決定の研究に対してもそれなりの影響を与えてきた
その一方で、認知心理学、産業・組織心理学、消費者心理学、文化心理学、ポジティブ心理学、健康心理学や、ヒトの本性に関する心理学以外の分野(精神医学、人類学、政治学、経済学、社会学、言語学、哲学、人文学)に対してはほとんど影響を与えてこなかった
このギャップは進化心理学とその適用先の研究分野の両方に精通した若い研究者たちによって、次第に埋められていくだろう
進化心理学者が成功するためには、われわれの学問を、理論が不備で資金が豊富な分野、教授一人あたりの学生数が多い分野、傲慢さではなく不安を抱えている分野に輸出すること
資金が豊富ということは、奨学金やポスドクの採用、アカデミアでの職、学会のための旅費が豊富ということ
教授に対して学生が多いということは、新奇の話題を扱うコースの開設を切望する学生の声が届きやすいということ
不安感があるということは、分野を救うことができる新たな考え方を切望しており、たとえ分野が有する先入観に相容れない考え方でも真価が認められやすいということ
経済学は、助成金交付が少なく理論が充実しており、教授一人あたりの学生数が少なく、自身と傲慢に満ち溢れている
なので進化心理学は当面受け入れられないだろう
対照的に、健康心理学は、研究費と志望学生が多いのに、理論がしっかりしておらず評価も安定していない
よって進化の考え方を受け入れやすい、よりよい標的であると言える
同じことが精神医学、消費者心理学、ポジティブ心理学にも言える
心理学の研究手法は来る将来、より一層強力になり、それを修得することが若き研究者にとってより一層重要なことになるだろう
私がとくにわくわくしている技術は、嗜好学習ウェブサイトとスマートフォンの2つ
大手インターネット企業は、数百万人規模のユーザーの嗜好に関するデータを集めているが、こういったデータが個人差や対人認知、配偶者選択、消費者心理学についての心理学的研究に使われることはほとんどない
スマートフォンは輪をかけて刺激的で、数年後には10億を超す参加者を対象とした心理学的研究を行えるようになる可能性がある
進化心理学に興味を持つ学生と若手研究者への4つのアドバイス
科学に関するグローバルな視点を育むこと
英語を一生懸命勉強すること
進化心理学者の職を得たい人は、現在でも進化心理学者の求人がとても少ないということを忘れない
特に習熟しておくと便利な技術スキルは、脳イメージング、多変量統計学、多変量行動遺伝学、ゲノムワイド関連分析、進化理論、集団遺伝学、適応的行動に関するコンピュータ・シミュレーション技術、そして生態学的に妥当な相互作用実験の計画法